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上杉謙信が戦勝祈願したという毘沙門天

投稿日 2015年2月17日 火曜日

コメント コメント(2)

カテゴリ上越地区の仏像, 秘仏

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滝寺毘沙門天立像
上杉謙信が戦勝祈願したという毘沙門天像が公開されていると、ローカルのラジオニュースで聞きつけ、上越市埋蔵文化財センターへ行ってきました。通常は30年に一度御開帳される仏像で、本来ならば次の御開帳は2028年まで待たねばならないのだとか。

上越市はここ数年、上杉謙信を中心とした歴史的な地域起こしにも熱心で、越後上越おもてなし武将隊という団体が、謙信を始めとする戦国武将に扮し、あちこちでPRをしているよう。会場の文化財センターは、そのおもてなし武将隊の居城だそうです。

上越市の出身者として、地元を盛り上げてくれている姿に感激しつつも、最近すっかり頭に定着してしまった「上杉謙信=GACKT」のイメージとおもてなし武将隊とのギャップに、向かう車内のBGMは鈴木雅之さんの違う、違う、そうじゃない。

春日山城跡案内図
ブルブルと頭を振りつつ、違う、違う、そうでもない。GACKT謙信が綺麗すぎるだけなんですよね。そこんとこは。

毘沙門天は「謙信公と春日山城展」という展覧会の中で展示されていて、会期は2015年の3月30日まで。ラジオのニュースを聴くまで気づきませんでしたが、昨年の春から開催されていたようです。謙信公と春日山城展|上越タイムス – タイムスニュース

会場の埋蔵文化財センター前には、周辺案内図がありました。お城の影も形もありませんが、ちょっとした散歩にはちょうどよい春日山城址です。

滝寺毘沙門天立像
青銅製で、像高33cmと小ぶりな像。資料に製作年代の記載は見当たらなかったが、謙信が戦勝祈願をしたというのであれば、安土桃山だろうか。顔が少しデカイと思う。
仏像は、見上げた時にバランスが調度良くなるよう、顔が少し大きく作られているものもあるらしいので、この像も戦国時代にはお堂の高いところに祀られ、拝まれていたんだろう。小さいし、戦場にも持っていったのかもしれない。

現地で入手した資料には、次のように書かれていました。

上杉謙信が、毘沙門天を厚く信仰したことはよく知られています。本像も謙信祈願所と伝えられる「滝寺毘沙門堂」の本尊で、現在は滝寺町内会で保管されています。30年に1度開帳される秘仏です。最近では平成10年8月に、開扉され、多くの参拝者で賑わいました。
(中略)
本像は、青銅製で、右手は肘より先、左手は手首より先が失われ、後補となっています。また、右手には戟(げき)と呼ばれる武器を持ち、足下には邪鬼を踏んでいたと推定されますが、現在は失われています。左手に持つ宝珠も後補です。

滝寺毘沙門堂は、滝寺不動尊の少し奥の高台に建てられています。この地は「吉祥寺」の跡と伝えられているところで、毘沙門堂の礎石として転用されている五輪塔は、鎌倉時代のものと考えられています。このことは、鎌倉時代すでにこの地に寺院が建てられていたことを示すもので、古くから信仰の地となっていたと考えられます。また、滝寺は春日山城兵の集結地であったとも伝えられています。毘沙門堂も出陣に際して戦勝を祈願するために建立されたものと考えられます。

美しきふるさとの遺産 上越市の文化財(旧市域版)/上越市教育委員会

仏像を見たあとは、母親を誘って前から気になっていた近くの天ぷら屋「ゆずや」へ。
ゆずやの天ぷら
ランチの天ぷら定食を頼んだら、最後のかき揚げは茶碗に残っていたご飯でかきあげ丼にしてくれました。これは美味い。

財布は母持ち。孫をダシにスネかじりのつもりだったんですが、店に入ったら、カウンターに座って目の前で揚げてくれるスタイル(座敷もある)で、正直「しまった。息子連れて来るべきじゃなかった…」と。

割り箸の袋でおりがみ

案の定、見仏のとき以上に息子の動きにハラハラし、ゆっくりとは味わえませんでした。それでも、この地域でこの値段でこういったふうに天ぷらにが食べられるのは、良い店ができたもんだなと思います。

隣の席に座っていたおじいさんが、割り箸の袋で息子に折り紙を折ってくれました。上手ですね。

文化財センターで購入
文化財センターの受付で販売していた、上越市の文化財一覧の資料を購入しました。手前が旧市域分で、下になっているものが新市域分。旧市域分は範囲が狭いためか、新市域分のものよりも詳しい解説が掲載されています。個人蔵の仏像や土器なども写真入りで沢山紹介されていて、読んでいてドキがムネムネします。図書館の郷土資料のコーナーで見かけて、欲しかったんですよ。

こういう冊子は現地にこないと、なかなか手に入れることができないですよね。良い物を手に入れました。

2015.2.1

謙信公と春日山城展

仏像 上杉謙信が戦勝祈願したと言われる毘沙門天
場所 上越市埋蔵文化財センター 〒943-0807上越市春日山町1丁目2-8
問い合わせ先 謙信公の郷振興協議会事務局(上越市観光振興課内) Tel:025-526-5111
会期 平成27年3月30日(月曜日)まで / 午前9時~午後5時(入場は午後4時30分まで)
休館日
  • 毎週火曜日(祝日の場合はその翌日)
  • 年末年始(12月29日(月曜日)~1月3日(土曜日))
入場料 無料

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“上杉謙信が戦勝祈願したという毘沙門天” への2件のフィードバック

  1. 多田幸雄 より:

    仏像が好きでときどきお邪魔をしては黙って退出していました。
    たまたま、私の誕生日の掲載なので、初めてコメントを残すことにしました。
    因みに1932年2月1日生まれの83歳の「後期高齢者」です。家内は魚沼の出身。
    鎌倉に居住して43年、鎌倉の寺は歩き尽くしました。
    心を痛めた記事は柏崎の安住寺の三十三観音の整形手術。
    またときどきお邪魔させていただきます。

  2. gatabutsu より:

    はじめまして。コメントありがとうございます。
    鎌倉ですか。私はまだ1、2度しか訪れたことがありません。そのときは水月観音様や円応寺の閻魔様、長谷観音などをお参りしたように覚えています。
    またいつか行ってみたいものです。
    これからもどうぞ宜しくお願いします。

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